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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3347号 判決

甲事件原告

桜井みさ子

甲事件被告

下村保男

ほか一名

乙事件原告

善方覚

ほか一名

乙事件被告

下村保男

ほか一名

主文

一  甲事件・乙事件被告らは、甲事件原告に対し、連帯して金一八七一万八六〇〇円及びこれに対する平成九年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告のその余の請求及び乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件原告と甲事件・乙事件被告らとの間においては、甲事件原告に生じた全費用及び甲事件・乙事件被告らに生じた費用の二分の一につきこれを五分し、その二を甲事件原告の負担、その余を甲事件・乙事件被告らの負担とし、乙事件原告らと甲事件・乙事件被告らとの間においては、乙事件原告らに生じた全費用及び甲事件・乙事件被告らに生じた費用の二分の一をすべて乙事件原告らの負担とする。

四  この判決は、甲事件原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件・乙事件被告らは、甲事件原告(以下「原告みさ子」という。)に対し、連帯して金三一四〇万一九〇二円及びこれに対する平成九年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件・乙事件被告らは、乙事件原告善方覚(以下「原告覚」という。)に対し、連帯して金二一二八万八二四二円及びこれに対する平成九年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件・乙事件被告らは、乙事件原告善方学(以下「原告学」という。)に対し、連帯して金二一二八万八二四二円及びこれに対する平成九年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機による交通整理の行われている交差点において、対面信号の青色表示に従って左折しようとした大型トラックが、その左脇を直進しようとした原付バイクに衝突してこれを転倒させ、その運転者を轢過して死亡させた交通事故について、この息子らと内縁の妻が、大型トラックの運転者に対しては民法七〇九条に基づき、その所有者である運輸会社に対しては自動車損害賠償保障法(自賠法)三条に基づき、損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いがない)。

(一) 発生日時 平成九年六月一二日午後五時二〇分ころ

(二) 事故現場 東京都足立区入谷七丁目四番所在の交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 甲事件・乙事件被告太平運輸有限会社(以下「被告会社」という。)が所有し、甲事件・乙事件被告下村保男(以下「被告下村」という。)が運転していた事業用大型貨物自動車(土浦一一あ七一一七、以下「下村車両」という。)

(四) 被害車両 善方明が運転していた自家用原動機付自転車(川口市マ四三五六、以下「善方車両」という。)

(五) 事故態様 本件交差点を左折しようとした下村車両と、直進しようとした善方車両が衝突した。

(六) 結果 善方明は、本件事故により、骨盤骨折、小腸穿孔、尿道損傷、上腕骨骨折、尺骨骨折(開放性)、撓骨遠位端脱、出血性ショックの傷害を負い、平成九年六月一四日に死亡した。

2  責任原因

(一) 被告下村には、過失があるから、善方明(以下「亡明」という。)の死亡に伴って生じた損害を賠償する責任がある(明らかに争わない)。

(二) 被告会社は下村車両を所有し、自己のために運行の用に供していたから(甲六、弁論の全趣旨)、亡明の死亡に伴って生じた損害を賠償する責任がある。

3  当事者

(一) 亡明と、原告覚及び原告学の関係

原告覚と、原告学は、いずれも亡明の子であり、相続人はほかにいない(争いがない)。したがって、原告覚及び原告学は、本件事故により亡明が取得した損害賠償請求権を二分の一ずつ相続して取得した。

(二) 亡明と原告みさ子の関係

亡明は、昭和六〇年一月ころに原告みさ子と知り合い、東京都足立区内の原告みさ子の自宅において、原告みさ子の長男の家族とともに共同生活をするようになり、同年七月三〇日に結婚披露宴をした。その後、本件事故当時まで共同生活を続け、原告みさ子の長男が、借入を行う際の保証において、その父として連帯保証人になるなど、原告みさ子とは事実上夫婦として生活し内縁関係にあった。(以上、甲七ないし九)

4  既払金

原告覚及び原告学は、自賠責保険から、亡明が本件事故により死亡したことに関する保険金として、二九七三万九三五〇円の支払を受けた(乙一七、一八)。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告らの主張

下村車両は、本件交差点を左折するため左折合図を点滅させ、対面信号の赤色表示に従って停止線付近で停止していたものであり、善方車両も、本件交差点を直進するため下村車両の左後方に停止しており、下村車両が左折することを十分了解していたと思われる。そして、対面信号の表示が青色に変わり、下村車両は発車したが、左折先の道路に大型貨物自動車が駐車していたために大回りを余儀なくされて右にハンドルを切ったため、左折合図が解除されてしまったものの、直ちにもう一度左折合図を点滅させてゆっくり左折したのであって、亡明は、事前に下村車両が左折することを十分了解していたのに、その動静を十分注意して走行しなかった過失がある。

したがって、少なくとも二〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告みさ子の反論

下村車両が停車したのは、本件交差点手前で、停止線を約二・五メートル過ぎた位置であり、善方車両は停止線上に停止していたから、下村車両のサイドアンダーミラーで善方車両を確認することができた。また、下村車両は発進後ハンドルを右に切ったので左合図が解除されたのみならず、下村車両が直進からまさに右折するような様相を呈したといえるから、亡明が、それでも下村車両が左折してくることを予見せずにそのまま直進したとしても当然である。下村車両は再度左合図を出していないし、仮に、それを出していたとしても、再点灯された位置は、被告下村の説明を前提としても、善方車両と衝突した地点とほとんど離れていないから、亡明がどのように注意したとしても、本件事故を回避できたとはいえない。さらに、被告下村は、衝突後二〇メートルも善方車両を引きずって走行している。

したがって、本件事故は、被告下村の曖昧な運転操作、後方確認を怠ったこと、事故後直ちに停止しなかったことなど、もっぱらの被告下村の過失によって発生したもので、亡明には過失はない。

2  原告らの損害(主として、原告みさ子の扶養喪失による損害、慰謝料)

第三争点に対する判断

一  責任原因及び過失相殺(争点1)

1  認定事実

前提となる事実及び証拠(甲六、乙三ないし一三)によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場である本件交差点は、鳩ヶ谷方面(北方向)と環七方面(南方向)とを結ぶ都道(以下「南北道路」という。)と、尾久橋通り方面(東方向)と東京川口線方面(西方向)とを結ぶ都道(以下「東西道路」という。)が交差する、信号機による交通整理の行われている市街地の交差点である。

南北道路及び東西道路は、いずれにおいても、片側一車線で車道の幅員が一一メートルあるアスファルト舗装された平坦な道路であり、両側に幅員二・四メートルの歩道が設置されている。

本件交差点の出入口にはいずれも横断歩道が設置されており、本件交差点の東南角付近から南北道路に沿って南側に東京都中央卸売市場北足立市場(以下「北足立市場」という。)が存在している。これらの概況は別紙現場見取図のとおりである。

(二) 被告下村は、平成九年六月一二日午後五時ころ、葱の荷物を積載して下村車両を運転し、本件交差点を左折して埼玉中央市場へ向かうため、北足立市場からまず鳩ヶ谷方面に向けて南北道路に出た。そして、本件交差点において、対面信号の赤色表示に従い、運転席部分を停止線からはみ出させて停止し、左折の合図を出した。北足立市場の出入口から本件交差点までの距離はわずかであり、下村車両は、車両の全長が一一・九八メートルであったから、車両の前部をやや西側に傾け、右後部がちょうどセンターラインにかかるようにして停止していた。また、東西道路の東京川口線方面の最も本件交差点に寄った地点には、大型車両が駐車していた(以下、この車両を「本件駐車車両」という。)。

他方、亡明は善方車両を運転し、南北道路を鳩ヶ谷方面に向かって走行し、本件交差点の対面信号に従い、停止線付近において下村車両の左側に停止した。

(三) 下村車両には、左側にサイドミラー、サイドアンダーミラー、前部アンダーミラーの三種類のミラーが取り付けられており、これらによって、車両の左側はボディーの中央付近までは容易に視認することができた。ところが、被告下村は、下村車両の左側に停止していた善方車両に気がつかなかった。

被告下村は、対面信号が青色に変わったので、下村車両を発進させたが、七、八メートルほど進行した地点で本件駐車車両に気がついたため、一旦右側にハンドルを切って本件交差点の中央近くまで進行した。そのため、左折の合図が消えたので、再び左折の合図を点滅させて左にハンドルを切り始めた。ところが、同じく対面信号が青色に変わったことから発進した善方車両が、下村車両の左後方を直進しており、亡明は、咄嗟にやや左に進路を向けたものの間に合わず、善方車両は、本件交差点の西側出入口の横断歩道の内側付近において、下村車両の左側面中央付近に衝突して転倒した。

被告下村は、衝突音がして初めて事故を起こしたことに気がつき、左折をして東西道路に完全に入った状態で停止した。その間、転倒した亡明を下村車両の左タイヤで轢過した。

以上の事実が認められる。

これに対し、原告みさ子は、下村車両の左合図が一旦消えた後、被告下村は再度左合図を出さなかったと主張する。そして、本件事故の目撃者は、警察官に対し、信号待ちで停止していた際に下村車両の左合図は点滅していたが、事故発生時に下村車両の左合図が出ていたか否かは分からないと供述しているが、点滅していなかったとまで供述しているわけではなく(乙八)、その内容は、原告みさ子の主張に沿うとまではいえない。その他、原告みさ子の主張に沿う証拠はない。

したがって、原告みさ子の主張は直ちには採用できない。

2  過失相殺

1の認定事実によれば、被告下村は、十字路交差点を左折するに際し、左脇を直進する二輪車や自転車などの存否及び動向に十分注意する注意義務があるのに、これを怠り、赤信号に従って停止していたときでさえ、左側に停止していた善方車両を認識していない。また、当初右側にハンドルを切って大回りをしたために左折の合図が一旦消えてしまい、後続車にとって、一瞬下村車両が左折をしなくなったと誤解させる走行をしたのであるから、より一層左側を走行してくる二輪車等の動向に注意すべきであったのに、これをも怠り、衝突するまで善方車両にまったく気がつかず、衝突後も漫然と左折を完了してしまった重大な過失がある。

したがって、被告下村には、民法七〇九条に基づき、亡明の死亡に伴って生じた損害を賠償する責任がある。

他方、亡明も、赤信号に従って停止していた際、下村車両の左折合図が点滅しているのを確認することができた上、下村車両がやや右寄りに進行し、左折合図がいったん消えたとしても、その車両の長さを考慮すると、大回りして左折することも予測できるといえるから、発進した下村車両の動向に留意して、慎重に直進する注意義務があったのに、これを怠り、下村車両の動向を十分注意することなく直進した若干の過失がある。

本件事故の態様に加え、これらの過失の内容を対比すると、亡明の過失割合は一〇パーセントとするのが相当である。

二  原告らの損害額(争点2)

1  原告みさ子の損害(主張額は原告みさ子が主張する額である。)

(一) 治療費(主張額三二〇万三四三三円) 三二〇万三四三三円

亡明は、本件事故直後に日本医科大学付属病院に搬送されて死亡するまでの三日間入院をし、原告みさ子は治療費として三二〇万三四三三円を負担した(甲五、一二、一三、一五)。

(二) 付添看護料(主張額一万八〇〇〇円) 一万八〇〇〇円

原告みさ子は、日本医科大学付属病院高度救命救急センターから連絡を受けて直ちに同病院へ駆けつけ、亡明が死亡するまでの三日間付添看護をした(甲一、弁論の全趣旨)。

亡明の負傷内容からすると、付添看護料は一日あたり六〇〇〇円とするのが相当であるから、三日間で一万八〇〇〇円を認める。

(三) 入院雑費(主張額三九〇〇円) 三九〇〇円

原告みさ子は、亡明のために入院雑費を出捐したが(弁論の全趣旨)、本件事故と相当因果関係のある入院雑費としては、一日あたり一三〇〇円の三日分で三九〇〇円を相当と認める。

(四) 葬儀費(主張額一二〇万〇〇〇〇円) 一二〇万〇〇〇〇円

原告みさ子は、亡明の葬儀費用として二九二万四一七五円を負担し(甲一四)、そのうち、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては一二〇万〇〇〇〇円を相当と認める。

(五) 扶養喪失による損害(主張額一四一二万六五六九円) 九四八万四二二三円

亡明は、昭和一〇年一一月二五日に生まれ、本件事故当時六一歳であり、その当時、栄大合紙有限会社に勤務し、平成八年六月三〇日から平成九年六月一二日までの間に四四四万五一一三円の収入を得ており、原告みさ子もこの収入で生活していた(甲一一、弁論の全趣旨)。そして、平成九年賃金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計・男子労働者の六〇歳から六四歳の平均賃金が年間四六四万一九〇〇円であったこと(当裁判所に顕著な事実)に照らすと、亡明の本件事故当時の収入は、概ね右の賃金センサスの世代別平均賃金程度であったということができる。そして、平成九年簡易生命表によれば、六一歳の男子の平均余命は二〇・〇七歳であったから(当裁判所に顕著な事実)、亡明は、本件事故に遭わなければ、少なくとも七一歳までは労働することができたと認めるのが相当である。

ところで、栄大合紙有限会社に定年が定められているか否かは定かでないが、それが定められている可能性はあり、いずれにしても、亡明の年齢に照らすと、七一歳まで本件事故当時と同じ水準の収入を得ることができたと認めるに足りる証拠はない。そして、平成九年賃金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計男子労働者の六五歳以上の平均賃金が年間三九〇万三〇〇〇円であったこと(当裁判所に顕著な事実)を併せて考えると、亡明は、本件事故に遭わなければ、六四歳までの三年間は少なくとも四四四万五一一三円を、六五歳から七一歳までの七年間は少なくとも年間三九〇万三〇〇〇円を下らない収入を得ることができたというべきである。

そうすると、この収入を前提に、亡明の生活状況を考慮して生活費控除を四〇パーセントとし、ライプニッツ方式(三年の係数は二・七二三二、一〇年の係数七・七二一七から三年の係数を差し引いた係数は四・九九八五)により年五分の割合による中間利息を控除し、亡明の逸失利益を算定すると一八九六万八四四六円(一年未満切り捨て)となる。そして、原告みさ子は、本件事故当時、亡明の事実上の妻として扶養されていたから、亡明の死亡により原告みさ子は扶養権を侵害されたということができ、その生活実態や亡明の生活費控除率を考慮すると、原告みさ子の扶養請求権侵害による損害は、亡明の逸失利益の五〇パーセントである九四八万四二二三円を認めるのが相当である。

(計算式)

{4,445,113×(1-0.4)×2.7232+3,903,000×(1-0.4)×4.9985}×0.5=9,484,223

(六) 慰謝料(主張額一〇〇〇万〇〇〇〇円) 五〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、亡明の負傷内容及び死亡までの経過に加え、原告みさ子の亡明との内縁関係は本件事故当時すでに一〇年以上にわたって継続していたこと、原告みさ子は亡明の扶養を受けていたことなどの事情を総合すると、原告みさ子固有の慰謝料としては、五〇〇万円とするのが相当である。

(七) 過失相殺

(一)ないし(六)の損害総額である一八九〇万九五五六円から、亡明の過失割合一〇パーセントに相当する金額を控除すると、一七〇一万八六〇〇円(一円未満切り捨て)となる。

(八) 弁護士費用(主張額二八五万〇〇〇〇円) 一七〇万〇〇〇〇円

審理の経過及び認容額に照らすと、弁護士費用としては、一七〇万円を相当と認める。

2  亡明の損害額(主張額は原告覚及び原告学が主張する額である。)

(一) 逸失利益(主張額一七一六万一九一四円) 九四八万四二二三円

亡明が生存していれば、その収入のうち、すでに認定した扶養権侵害の損害に相当する分を原告みさ子の扶養に費やしたといえる。したがって、原告覚及び原告学が相続する分は、すでに算定した亡明の逸失利益の額から、原告みさ子の扶養権侵害分を控除した残余になるから、九四八万四二二三円となる。

(二) 慰謝料(主張額二〇〇〇万〇〇〇〇円) 一九〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、負傷内容、死亡に至る経過など一切の事情を考慮すると、亡明の慰謝料は、原告覚及び原告学の固有の慰謝料[同額]も含めて一九〇〇万円を相当と認める。

(三) 過失相殺及び損害のてん補

(一)及び(二)の損害総額二八四八万四二二三円に、亡明の過失割合である一〇パーセントに相当する額を控除すると、二五六三万五八〇〇円(一円未満切り捨て)になる。この金額から、原告覚及び原告学が支払を受けた自賠責保険金二九七三万九三五〇円を控除すると、損害残額はない。

(四) 弁護士費用(主張額五四一万四五七〇円)認められない

審理の経過、認容額等の事情に照らすと、弁護士費用は認められない。

第四結論

以上によれば、原告みさ子の請求は左記の支払を認める限度で理由があり、その余の請求及び原告覚及び原告学の請求は理由がないから棄却する。

1  不法行為に基づく損害金として一八七一万八六〇〇円

2  1に対する平成九年六月一三日(不法行為の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(裁判官 山崎秀尚)

現場見取図

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